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ロスト・イン・トランスレーション

MOVIE 2018.5.28

ロスト・イン・トランスレーション

Lost in Translation|アメリカ映画(2003年)
監督:ソフィア・コッポラ
出演:ビル・マーレイ、スカーレット・ヨハンソン

TOKYOに戸惑う男女の孤独と淡いロマンスと

薄いサーモンピンクのショーツをはいたスカーレット・ヨハンソンのお尻のアップからはじまる、ソフィア・コッポラの作品「ロスト・イン・トランスレーション」。舞台は東京。TOKYO。西新宿の高層ホテル。上映当時、新宿東口の映画館でこの映画を観たあと、スクリーンの中でビル・マーレイがタクシーから見上げた靖国通りの風景を実際に歩きながら、とても不思議な感覚になったのをよく覚えています。

あらすじはとてもシンプルです。CM撮影で来日した往年のハリウッドスター(ビル・マーレイ)と、カメラマンである夫の仕事についてきたけど相手にしてもらえない若妻(スカーレット・ヨハンソン)が、宿泊する高層ホテルの中で出会い、孤独を癒やしつつ一緒に過ごす。でもお互い踏み込めずに帰国の日を迎える、という一組の男女のお話。

彩度の低い色づくり、テクノ系の映画音楽、無機質でシニカルなビジュアルといったオシャレめな要素とは対照的に、そこで次々描かれていくのは、外国人による「日本暮らしあるある」。名刺交換攻めにあったり、LとRの発音があべこべな日本人英語に戸惑ったり、しゃぶしゃぶ店のメニューの違いがさっぱりわからなかったり。いかにも日本的な習慣や文化の可笑しさが羅列されていくのですが、描き方が繊細でユニークな上に、切り取り方がシニカルで面白いので、どんどん引き込まれていきます。実体験から着想しなければ、こういう脚本は書けないだろうなあ、というシーンがたくさん出てきて、事実、エピソードの多くはソフィア・コッポラの体験に基づいているそうです。

ただ、彼女はきっと日本のことが好きだろう。と思うのは、この映画が「日本ってこんなに変だよね」という嘲笑的な面白さではなく、「こういう日本という異国の興味深い文化に、馴染むことのできない欧米人の滑稽さ」が主題となっているところです。

グローバルな社会がもたらした物理的な「世界の近さ」には、きっと世界中の誰もが戸惑っているはず。文化や価値観の相互理解なんていう言葉は、あくまで表面上のお題目であって、実際は、異文化を目の当たりにすれば戸惑い、恐る恐る指先でつつき、なぞるようにしか、それを受け入れることができないのではないか。この大きなコミュニケーション不全は、主人公ふたりの、それぞれの最も親しい人との関係(ビル・マーレイの場合は25年連れ添った奥さんとの関係/スカーレット・ヨハンソンの場合は新婚2年目の夫との関係)の難しさとの対比で描かれていて、なんというか、ただのオシャレ映画と思って見はじめると、非常に内容の奥が深いことがわかります。こんな映画を30代前半で撮っちゃうソフィア・コッポラの才能に脱帽です。

そういえばもうすぐ東京五輪。せっかくこういう映画があるのだから、外国の皆さんには、それこそ「表面上」の極致ともいえる行政が作るような「美しい日本」「おもてなしの国日本」的なプロモーションビデオじゃなくて、この映画こそを観て欲しい。そして、実際に来日して、日本という国に大いに戸惑って欲しいです。

あと最後に。お尻だけじゃなく、この映画のスカーレット・ヨハンソンがとてもキュート。その後の作品でみせるセクシー路線よりも、このくらいの、ちょっと野暮ったい服が似合う、知的でおとなしい、自己主張の苦手な彼女が好き。